女の子になれなかった話
こんばんは。
5月になり暖かくなりましたね!私は夏が来る前が1番好きです。寒いのと1番遠い時期だから(笑)
そして、閲覧ありがとうございます。
アクセスが増えてるのを見るのが密かな楽しみだったりしてます(^^)
でも、どうしてもくだらない内容や気分下がり目な記事ばっかりで申し訳ないです。
どこにも吐き出せない事を書いて発散しているのでどうか温かい目で見守って下さい。
いつか最高に楽しい記事を書きたいです!
それでは今回も推しくん全然関係ない話をしていきます笑
また長くなるので暇な時にどうぞ。
最近家族団欒の空間で母親から「誰かと付き合ったりしないの?」という爆弾を1週間に1回ぐらい投下されます。
死ぬほど辛いです。
しかも一対一なら反論というか説明をするのですが家族(複数)がいる場なのでなんとも言えずに濁してしまい夜中に泣いています。
なので今も泣きながら更新しています。
話のきっかけは下の子が早く私が家から出てって欲しい(私の部屋の方が広いから)という話をする為勝手に色々案を出していき、その一つとして彼氏家に転がり込めとかはやく結婚しろという流れになるからです。
私には結婚願望はもとい、誰かと付き合いたいという気持ちがありません。
これっておかしい事でしょうか。
家族にも友達にもこの感情を理解してもらえない事が今とてつもなく辛い事です。
理解できなくともわかってもらえればいいんです。
この先「この人だっ!」と思う人が現れるかもしれないし現れないかもしれない。
でも今は特段恋愛に興味がない。興味のない事に力を入れたくないタイプなので今どうこうしようとは思いません。
もしかしたら今チャンスを逃してるかもしれない。でも、それはその時に後悔すればいい。(多分自分で決めた事なので後悔しないと思います。)
私は恋愛で幸せが満たされるタイプではないと思ってます。(現時点で)
幸せの尺度は人それぞれ、私は自分の好きな事を好きなようにしてるのが幸せと感じます。ただそれだけ。
しかし母親というものは無意識に娘に女性としての幸せを望むようです。
「らぶらぶという幸せな瞬間を一回は体感してほしい」みたいなニュアンスの事を言われました。
はぁ…そうですか。
感情の何一つ動いていない返事。私の今の気持ちです。
そもそも私の考える恋愛とは、お互いを思いやる事。大切な事は優しさ。
それでは私は実践できるでしょうか。出来ません。だって優しくないから。人に優しくしてる余裕なんかないから。
自分に優しくする事、褒めてあげる事、自分を好きでいてあげる事で手一杯です。
人の事構ってられません。
私には愛が足りないのです。正確には足りていないと自分で認識してしまったからです。
両親からは普通に育てられました。
1番最初の子供だったのでとても聞き分けの良い子供に育ちました。
わがままを強く言った覚えはありません。
学校のテストで良い点を取ってもあまり褒められませんでした。後から下の子の成績と比べて貴方はとても良かったのねと言われる事の繰り返しでした。
親戚の人に何か買ってもらうと怒られるのは私でした。
そんな私に構ってくれて褒めてくれたのは祖父母で長期休みは両方の祖父母の家に入り浸ってました。私の心が保たれたのは、この2つの家があったからです。なかったら早々に爆発してました。
放任主義、自分の事は自分で決めるという元、聞き分けの良い子の性質が混じり合い強く育ちました。
また両親から可愛いと言われた記憶がありません。物心ついた時には自分にはピンクは似合わないから他を選ぼう。そう思い行動していました。
実際大して可愛くないので間違ってないのですが。
私は可愛くないので強くいきなくてはいけない。
幼稚園の頃、ある日母親は毎朝私の髪の毛を結ぶのが面倒になり結び終わってから「(もう面倒だから)髪を長くするなら、自分で出来るようになって」と言われ、その後日髪の毛をバッサリ男の子のようなショートに切ってしまいました。
幼心に結構ショックで、数年のうちは笑い話として、(その後のアレンジは全て自分でしたので)私の強い話としていましたが
他の子がお母さんにやってもらったと見せるツインテールやポニーテールは強い憧れでした。
今になって私は女の子になれなくなってしまったのはこの時からだと気付きました。
小学校にあがり、体格差で男の子に勝てなくなるのが悔しくて、だからといって自分が可愛い訳ではないから本当の女の子に混じれもしない。
中学でも、可愛い子特権があり、クラスで可愛い子しか発言権がないという事を体感しました。
自分を女の子としての場所に置くことができない。
自分が女の子であることに肯定できない。
無意識にそんな風に思うようになりました。
後、自分でアルバイトや働き始めてからお金の融通が利き自分の容姿にに気を使えるようになりました。
一度高校生の時にお化粧を教えてもらおうと母親に目が大きくなる化粧方法を聞いたのですが、「私は元から大きいからしたことない」という返事をされました。
母親はぱっちり二重。私は重たい一重。
私はまた女の子になれませんでした。
私は女の子のなり方を母親から教わるものだとと思っていたのかもしれません。淡い夢を見ていました。
外では強い子としてのキャラ、強がりが邪魔をして聞けなかったので私の中では母親が世界を変えてくれるかもという過度な期待があったようです。
二次元のオタクをしていた時は、可愛い服は買うようになりましたが、細部まで気を張り巡らせたりはしませんでした。
そして現在若手俳優のファンをしています。
対人間の関係なので、向こうからも見えるという意識が働き容姿に対して気持ちが強まりました。認知して欲しいとか思っている訳じゃないけどどうせならオキニになりたいし、汚いファンより綺麗なファンの方がいいに決まってる。
それに嫌われたくはない。
そう思って可愛く整えることに力を入れていくうちに今までは面倒だったメイクが楽しくなり、化粧品選びがワクワクして、公演に行くために選んだ服をきて、髪をツヤツヤにして、アレンジして、好きという気持ちとファンという気持ちで悩んだりして、、、
私はやっと女の子になることができた。
でもそれは期間限定。公演期間が近づかないと効かない魔法。
それでも自分の中の女の子を少しずつ肯定してあげれるようになったのは進歩だ。
でも他人に誇れるほどじゃない。
推しくんには本当に感謝している。
色々あって死にたいなって思ってた時もあったし女の子としての楽しみを自分で掴めるようにしてくれて感謝しかない。
でも
母親はどうやら私がオタクだから恋愛をしないと思っているようです。
まぁそうなんだけどさ。それが全てではないんだよね。
自分に女の子としての肯定感が足りなくて、人を愛せる程余裕がある訳じゃなくて、人に近づきたいと思わない臆病者で、誰かのファンをしている状態じゃ1番に思ってあげれなくて相手の人に失礼だなとか、そもそもときめかないなとか、1人の方が楽だなとか、私自身が私のレベルに納得がいってなくて同じレベルの人と付き合うという世間の相場が気に食わなくて、だからといってめちゃくちゃ可愛くもなくて、料理も出来ず気立ても良くなくて性格がいい訳でもない。
そんな自分の事を一生懸命褒めて生かしてきたのは自分だ。
自分の強いところも、こんな恋愛に向いてない私でも私は気に入ってるし好きだと思う。
それを母親に、家族に否定されているようで
それまで否定されてしまったらもう何も残らない。
母と娘、家族、と言えど結局のところ人間対人間だ。だから全て分かれとも言わないし、母親が全て悪いとも言わない。ましてやもっと前のタイミングで自分から何かできたかもしれない。
だから、せめて否定しないで欲しい。
私はこれからも女性という性に身を置きながら、世間一般の指す女の子にはなれずにふわふわと生きているかもしれない。
それでも否定しないで欲しい。
もしかしたら変化があるかもしれないし、時が解決するかもしれない。
何より私の幸せは恋愛が全てではないから。心配せずとも私は楽しくやっているので、どうか放っておいて下さい。